ジャーナリスト、マリアム・ダッガ、ガザでイスラエルの空爆によって殺害される

ガザ市:マリアム・ダッガが最後に撮影した写真には、ガザ地区の病院の外にある破損した階段の吹き抜けが写っている。
保健当局によれば、AP通信のフリーランスのビジュアル・ジャーナリストであったダッガは、月曜日にイスラエル軍がナーセル病院を立て続けに2度攻撃し、5人の記者を含む22人が死亡した。
水曜日に彼女のカメラから取り出された写真には、最初の攻撃で破損した階段を上る人々や、ガザ南部の主要医療施設の窓から外を眺める人々が写っている。
イスラエル軍は、ハマスの監視カメラと思われるものを標的にしたと語ったが、証拠は示さなかった。目撃者や保健当局者によると、最初の攻撃で、テレビの生中継を撮影していたロイター通信社のカメラマンと、名前は明かされていないが2人目が死亡したという。ハマス高官は、ハマスが病院でカメラを操作していたことを否定した。
ダッガ(33歳)と他の記者たちは、戦争中、ハーン・ユーニスのナーセル病院を定期的に拠点にしていた。彼女は、家を追われた一般のパレスチナ人や、負傷したり栄養失調になった子どもたちを治療する医師たちの体験を記録した。
アルジェリアの国連大使は、ダッガが殺される数日前に書いた国連安全保障理事会への手紙を、涙声で読み上げた。
その手紙は、がっだが殺される数日前に国連安全保障理事会に提出したもので、ダッガの13歳の息子ガイスに宛てたものだった。
アマール・ベンジャマ大使はダッガの写真を掲げ、唯一の武器がカメラだった彼女を「若くて美しい母親」と呼んだ。
「ガイス。あなたは私の心であり、魂なのです。私が死んだら、私のために泣くのではなく、私のために祈ってほしい」
「私のことを決して忘れないでほしい。あなたが成長し、結婚し、娘が生まれたら、私の名前をとってマリアムと名付けなさい」
AP






