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ガザの小さなキリスト教コミュニティ、停戦期間中のクリスマス

ガザの小さなキリスト教コミュニティ、停戦期間中のクリスマス
2025年12月21日、ガザ市の聖家族教区で行われたクリスマス祝賀会に参加するキリスト教徒の若者。(写真:Omar AL-QATTAA / AFP)
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23 Dec 2025 18:42:32 GMT9
23 Dec 2025 18:42:32 GMT9

ガザ:アッタラ・タラジさんは最近、ガザの冬を乗り切るための靴下とマフラーを含むクリスマスプレゼントを受け取り、仲間のパレスチナ人キリスト教徒たちと共に賛美歌を歌った。

「キリストがお生まれになった。ハレルヤ」と、皆でアラビア語で歌った。

76歳の男性に贈られた贈り物と賛美歌は、壊滅的な被害を受けたガザ地区で祝祭の気配を感じさせた。脆弱な停戦が多少の安堵をもたらしているものの、イスラエル・ハマス戦争による損失と避難民の継続的な苦難が、多くの伝統的な祝祭行事を沈滞させている。

タラジさんをはじめ、ガザの小さなパレスチナ人クリスチャン・コミュニティの多くは、破壊と不確実性に取り囲まれているにもかかわらず、この季節の精神を少しでも捉えようとしている。彼は希望と信仰にしがみついている。

「キリストの誕生に対する私たちの喜びは、私たちが経験したすべての苦悩を凌駕しなければならないと感じています」と、タラジさんは語った。ガザにある聖家族教会の敷地内に2年以上避難しているが、このクリスマスシーズンには聖歌隊を含む信者らが避難民の間を巡回したと述べた。

「このような輝かしい瞬間には、戦争や危険、砲撃のすべてを忘れる権利があります」と、タラジさんは語った。

しかし、その犠牲を忘れられない人もいる。

シャディ・アボ・ダウドさんにとって、これは母親が亡くなって初めてのクリスマスとなる。母親は7月、イスラエル軍の攻撃でタラジさんが現在居住する、避難民を受け入れてきたカトリック教会の敷地が攻撃を受けた際、犠牲者となった一人だった。イスラエルは遺憾の意を表明し、これは事故だったと述べた。

ダウドさんは、教区司祭も負傷したこの攻撃で息子が負傷したと語った。

クリスマスを前に、ラテン典礼エルサレム大司教庁ピエルバッティスタ・ピッツァバッラ枢機卿が聖家族教区を訪問した。大司教庁の声明によると、この訪問は、「暗く困難な時代を生き抜き、今も生き続けている共同体 」におけるクリスマスの祝祭の始まりであった。

苦しみと「平和も戦争もない」状態

1月7日にクリスマスを祝う正教徒であるダウド氏は、宗教的な儀式や祈り以上のお祝いをするつもりはないと語った。「ごちそうはありません」と同氏は語った。

「状況は厳しいです。傷はまだ癒えていなません。苦しみと痛みは今も続いています」と、ダウドさんは語った。

「私たちは、まだ平和も戦争もない状態で生きています」と、彼は続けた。

イスラエルによる攻撃は、10月の停戦合意発効以来減少しているが、致命的な攻撃が完全に終わったわけではない。イスラエルとハマスは停戦違反を非難し合い、第1段階より困難な第2段階はまだ実施されていない。

2023年10月7日、ハマス主導の武装勢力がイスラエルに突入し、約1,200人を殺害、約250人を人質に取ったことで戦争が始まった。

ガザの保健当局によると、イスラエルの継続的な攻撃によりガザ地区で7万1000人近くのパレスチナ人が死亡した。民間人と戦闘員の区別を付けていないが、死者の約半数は女性と子供だったとしている。

ハマス政権下で運営されている同保健当局は医療専門家で構成され、国際社会から概ね信頼できると見なされる詳細な記録を保持している。

イスラエルによるガザ攻撃は、広範囲に及ぶ破壊を引き起こし、同領土に住む約200万人の住民の大半を避難させている。最近、集中豪雨が避難キャンプを浸水させ、すでにひどく損傷していた建物を崩壊させた。

「私はいつも子供たちにこう言っています。『神様は最も強い兵士にだけ、最も過酷な戦いを与えるのだ』」と、ダウドさんは語り、「私たちはキリスト教の信仰と祖国を固く守り続けています。そして祖国を愛しています」と続けた。

彼や他の関係者たちは、戦争中にガザから逃れた人々の多くがキリスト教徒であり、機会さえあればさらに多くの人が脱出を望んでいることを知っている。彼はキリスト教徒の存在とガザの社会構造への影響を懸念している。「これは悲劇です」と、ダウドさんは語った。

彼の子供たちは海外留学を希望している。「まだ若いです。ここに残って何をすべきでしょうか?未来なんてありません」と彼は続けた。

顔なじみのいないクリスマス

23歳のワファ・エマド・エルサイェグさんにとって、多くの親戚や友人が去ったクリスマスは同じとは思えない。

彼は家族とともに、ガザのギリシャ正教会の敷地内に集まって飾り付けをした。しかし、ガザを脱出した友人たちの不在が、彼の郷愁を煽った。

「私たちは何でも一緒に行動していました」と、エルサイェグさんは語った。彼は現在、戦争中にガザを離れた叔母の家で家族と共に暮らしている。

彼がクリスマスで一番好きだったのは、家族の団らん、キリスト教徒や一部のイスラム教徒が集まるお祝い行事、プレゼントをもらう子どもたちの興奮など、一体感だった。

「お祝いや歌、そして何とも言えない喜びがありました。いまは、多くの親戚が離れているため、いつものクリスマスの雰囲気を再現することはできません」と、彼は語った。

苦しみの中の喜び

エリヌール・アマシュさん(35歳)は、「ツリーの飾り付けや点灯を通して、子どもたちに、どんな苦しみがあっても喜びは得られるものだと感じてもらいたい」と、その喜びを少しでも届けようとしている。

「私の子供たちは、長い間息苦しかった後に呼吸をするような、ちょっとした喜びを感じています」と、彼女はAP通信に書面で回答した。「近くで爆発が起こる心配もなく、チョコレートやお菓子が子供たちの生活に戻ってきたことで、長い間食べられていなかった食べ物が食べられるようになったことを喜んでいます」と、アマシュさんは続けた。

自宅が無事だったことに感謝しているが、寒さや雨から身を守れないテントで暮らす避難民の姿を見るたび、涙がこぼれそうになる。

アマシュさんは、戦争が本当に終わったとは感じていない。

「爆発音や銃声はまだ聞こえてくるし、恐怖は心の中から消えていません。停戦が長続きしないのではないか、という心配が絶えません」と、彼女は大きな音に震え上がる末っ子の現状に言及した。

「まるで彼の中に戦争が生きているかのようです。母親として、その痛みは筆舌に尽くしがたいです」と、彼女は続けた。

彼女はまた、いつの日かガザからキリスト教徒が消えてしまうのではないかと心配している。しかし今は、「私たちの存在は、たとえどんなに小さくとも、この地における愛と不変の信念、そして信仰の証しなのです」と彼女は語った。

タラジさんは、ここに留まる決意を固めている。

戦争初期、彼は女姉妹を亡くした。避難民が身を寄せていた正教会施設をイスラエル軍の空爆が直撃し、犠牲者の中に彼女が含まれていたのだ。イスラエル軍は近くのハマス司令部を標的としたと説明した。タラジさんはまた、男兄弟も戦争のため必要な医療を受けられず死亡したと語った。

タラジさんは、パレスチナの人々のために平和と自由を祈っている。「私たちの信仰とキリストの誕生に対する喜びは、どんな状況よりも強いのです」と、彼は結んだ。

AP

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